刺繍やワッペンなら横須賀の有限会社田沼へ 神奈川県横須賀市の老舗刺繍製造元です。

横須賀の刺繍やさん

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2009年4月26日

戦後~1960年代 ワッペンこぼれ話

私が1949年に群馬県桐生市で生まれたその翌年1950年に朝鮮戦争が始まり、横須賀には米海軍の空母艦が何隻も入れ替わり立ち代り入港しました。私が3歳の時に我が家族は横須賀に移り住みました。それは横須賀には米軍のワッペン等の仕事がたくさんあったからでした。米軍の空母艦には、約2,000人の兵隊が乗っていて、その他駆逐艦や潜水艦等が一緒にセットになって入港しますので、空母艦が一艘来ると、約3,000人~5,000人の兵隊が横須賀の町にくり出す訳です。  ここでワッペンについて書いておきます。 

アメリカ人はワッペンのことをパッチ(patch)と言います。布きれという意味ですから肘あてや膝あての布が変化してきたものと思われます。ですから好きなワッペンとかサークルのワッペン等を洋服の好きな所へつけたり、又バッグ、帽子等につけると良いと思います。付け方はアイロン接着でつけますが、あまりよく付かない時はミシンで又は手ぬいで補強すると良いでしょう。アイロン接着で無い場合は少し接着剤等で固定してミシン又は手ぬいで止めると良いです。

私が子供の頃、横須賀に空母艦が入港すると市内は米兵であふれかえりました。 特に本町(米軍基地の正門前の通り)とその仲通りのどぶ板通りは外人バーや、スーベニア(おみやげ屋)がたくさんあるので、米兵で埋め尽くされる感じです。 又、彼らは週給制で毎週火曜日がペイデイという給料日でした。 その当時ードル¥360.-でしたので彼らは今の3倍の金額を受け取っていました。 ですからその晩は泥酔した米兵がバーの中といわず外でも、ウイスキーボトルを片手にうろうろしています。 ましては戦争の最中に休養で入港した兵隊は気が荒く毎晩2~3箇所でけんかが始まりました。 特に黒人兵は強くて、まるでヘビー級のボクシングを見ている様でした。 時にはナイフを使いますが、大体おお事にならないうちに、spがきて警棒でボコボコとたたき、檻のついた車に投げ入れて基地内へ連行してしまいます.  つづく

 ベトナム戦争が泥沼状態の1960年代中頃、私は高校生でした。 私の兄が基地正門前の通りで、ワッペンショップをやっていまして、私も時々店番をしました。 店の中から外を歩く米兵をながめるのが好きでした。 特に黒人の歩き方がかっこよくて身体を上下にリズム感良くゆらしながら歩くのです。 そして時々鼻歌を歌いながら通り過ぎていく黒人兵の声はとても美しかったです。 神様は、黒人に色は黒くても、身体能力とリズム感の良さ、歌のうまさを与えたのでしょう。

米兵はワッペン(パッチ)が大好きで、自分で描いた絵を持ってきてワッペンにします。 いわゆるオーダーワッペンですが、その絵がとてもコミカルで上手なのです。近々、公開しようと思います.   つづく

 ある日、高校生の私が、兄のワッペンショップの店番をしていたら、店の入り口に白人の米兵が立ってニヤニヤと自分の下半身を指差すのでした。 そこには大きな一物がだらりと出ていました。 私はこの兵隊は変態かなと思ったのですが、もっとよく見ろと指差すので、見てみると先っぽにハエが止まっていたのです。 そうです、ハエのいれずみでした。 私は思わずfly(ハエ)と言ったら、その米兵はうれしそうな又、自慢げな顔をしてウインクし、その一物をしまって街中に消えていった。 こんな馬鹿な兵隊が多い時代でした。

2009-4-12

私は高校生の時、夏休みに、英会話の勉強にと思いドブ板通りのワッペンショップでアルバイトをさせてもらった。 結果的には、ある程度きまった言葉しか使わないので、あまりプラスにはならなかったです。 兵隊との会話でとても解かりづらい発音の人がいて、 そういう兵隊は、アメリカの内陸部の田舎から徴兵された人達で、いわゆる方言だと思います。 一番解かり易く、英会話用のテープを聞いている様なのは、女性で位の高い兵隊でした。 いつもの様に横須賀に空母艦が入港すると、数千人の米兵が町に出てくる。 ワッペンショップにもオーダーワッペンの注文にくる兵隊がたくさん来ました。 マンガチックな絵を描いてきて、色の指定を、ここは赤、ここは紺という様にその場で説明される。 それを鉛筆で書き、これで良いですかと確認し、納期は空母が出港するまで、と決め最後にオーダーワッペンなので伝票にサインをしてもらいます。 が時々サインをOとかXしか書かない兵隊がいました。 これでは困ると思い、店の番頭さんに聞いてみると、この兵隊は字が書けないから、それでいいよと言う。 日本人には考えられないけど、今では死語の様な文盲でした。 やはりアメリカは広くて人口も多いので、教育がいきとどかないのかな、と思った。 もう45年も前のことですし、今はもう情報化時代ですから当然そんな事はないと思います。

 

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2009年3月16日

横須賀の町

横須賀に住んでいると外人と接することがあります。 私は20歳代の頃、横須賀市内のアパートに住んでいた。 初夏の頃、となりの部屋に米兵の家族が越してきました。 その米兵はプエリトリコ系のちょっと不良ぽい男でした。 奥さんは白人と日本人のハーフでとても美人で知的な感じがその男とつり合わないなと思いました。  3歳ぐらいの男の子がいました。 彼らは日本語を全くわからず、私たちの英語は単語を並べるぐらいでしたが、日常のことは結構通じました。 お盆休みに奥さんが子供をつれて、広島の母親の家へ帰省するという。 何で広島に実家があるのに日本語が全く話せないのか不思議でした。  私の家内が「奥さんがいないなら食事に困るだろう。」と言って、おにぎりを作って持っていってあげるという。 私は、「アメリカ人はおにぎりなんて食べないと思うよ。」と言ったが、 家内は「お腹がすけば食べるよ。」と言って持っていった。 が 日本食は食べないと言われ返された。 でもその晩、友達が来て一杯やるから来ないかと誘われた。 OKと言って、乾き物のつまみを持って行ってみた。 部屋に入ったら、友達が来ていてやはり、プヱリトリコ系の人相のあまり良くない奴だった。 3人で車座に座ってウイスキーボトルが真ん中に置かれた。 水も無ければ、氷も無い、ましてはグラスすら無い。 私がグラスはと聞いたら、無いと言っていきなりウイスキーボトルをラッパ飲みするのである。 私にも飲めと言うので、しょうがなくラッパ飲みでのんだ。 次に彼の友人も飲むという風に、順番に飲むのである。  ヘビーメタの様なレコードをボリュームいっぱいで聞きながら30分程でボトルが一本空になった。 新しいボトルが又一本出され、それと同時に彼らは葉っぱを吸いだした。 私にもすすめられたが、私は普通のタバコで良いと言ってマルボロを吸った。 なぜ私が葉っぱを吸わなかったというと、元々そういうのが好きでないのと、友人が昔、新婚旅行でハワイに行った時に、葉っぱを吸い、あやうくホテルの二十階から飛び降りそうになったと聞いたからです。 友人はその時、空を飛べると思ったそうです。 それから恐くて二度と吸わないと言ってました。 米兵の彼らが、奥さんの留守に一杯やるという事は、こういう事かと思い、招待を受けたことをちょっと後悔した。 奴らがラリらない内に退散しようと思い、ボトルが半分ぐらいになった所で、もう飲めないと言って帰ってきた。 それから数日がたち、奥さんと子供が広島から帰ってきて、何もなかった様な日々が過ぎた。 夏の終わり頃、米兵家族はアメリカに帰ると言って、あっと言う間に引越していった。

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2008年11月15日

七五三のお祝い

先日、孫娘の七五三のお祝いをしました。 横須賀汐入のダイエーにある貸衣装屋で和服を着せました。神社に行く前に、コーヒーショップでちょっと休憩しました。 店から出てきたら、外国人の年配女性がカメラを持って、和服姿の孫娘の写真を撮りたいと言う、上品そうで、やさしそうな人でしたから、どうぞと言ったら、喜んでカメラのシャッターをきっていた。 それから、ドブ板通りの先にある緑が丘の諏訪神社でお祓いをしていただき、記念写真をとってきました。 諏訪神社は、私の兄達の結婚式をしたり、又子供達が生まれた時から、お祓いをしていただいているとても落ち着けるいい神社です。 来年もいつもの様に初詣に行きます。

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2008年11月 1日

刺繍の値段について

先日、帽子とジャンパーにネーム入れの問い合わせがありました。 値段を教えてほしいとの事でしたが、刺繍の値段はどの様に決まるかといいますと、デザイン、大きさ(縦と横)、数量の3点によって決めます。あと色数は特別多く使用しない限りは、あまり考えなくてよいです。 見積もりのお問い合わせの折には上記3点をメール又はFAXして頂くと助かります。
 

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2008年10月15日

流星の絆

[流星の絆」がおもしろい、金曜日の夜にやっているテレビドラマだ、原作が東野圭吾だから、サスペンスと思いきや、脚本が宮藤宮九郎なのでバラエテイーに富んだ仕立てになっている。 横須賀で生まれ育った3人兄弟が成人して、殺された両親の仇をとるというドラマだが、当然横須賀のロケが何箇所かあった。 どぶ板通りや緑ヶ丘で撮影したようだ。今週あたりから後半になるがどんな結末になるか楽しみだ。 ドラマが終わったら原作を読んでみようかな。

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2008年6月 4日

東京見物

先週土曜日に浅草仲見世道りにいってきました、あまりの観光客でびっくりしました。外国人の方も

多くて横須賀みたいでした。地下鉄を乗りついで靖国神社に行こうと思ったけれど、途中で力尽きて

帰ってきてしまいました。又近いうちに行こうとおもいます。

 以前に読んだ浅田次郎著の天切り松闇語りという小説で、出てくるスチュエイションが、上野、浅草仲見世通りがありまして、実際に現場に行って色々な登場人物を想像したり、ここを歩いたのかとか、大変楽しい時間を過ごせました。

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